column 18


人生における師匠


ホージーという一匹のネコとの生活は、
自分自身の意識や気持ちに対して、ずいぶん大きな影響を
与えてくれている気がします。
まず、生き物の「命」というものを改めて教えてくれました。
こうやって文字にしてしまうと、なんてことはない当然の
ことのように思いますが、この小さな命から
日々もらっている大きな何かに、その命の価値を改めて
実感することになりました。
それは、ネコに限らず、小さな昆虫でも人間でも
同じことだと思っています。
それぞれがそれぞれの環境の中で懸命に生きている...。
なんだかそれだけで、とても素晴らしいことに思えてきて、
胸が熱くなったりします。

一旦そんな意識になると、ハエやゴキブリだって
人の都合だけで簡単に殺せなくなり、
今では丁重に家から出ていってもらうようにしています。
まぁ、そういうことがいいのかどうかはわかりませんが、
殺生ができなくなったことは、まぎれもない事実です。
しかしながら、この問題は、
結果的に食べ物にまでつながってきて、
じゃあ、今の環境の中で完全なベジタリアンになれるのか...?
という自らの問い掛けに苦しむ結果にもなっています。
(それ以前に、ネコは肉食だったりしますが...。)

そしてまた、人に感謝したり、感謝されたりすることが、
素直に喜べる自分がいます。
例えば、誰かに何かを尋ねて、丁寧に応対してもらえた時
には、素直に心から「ありがとう。」という気持ちに
なりますし、その逆で、道を尋ねられたりして、
丁寧に説明した結果「ありがとう。」と言ってもらえることが、
すごく嬉しかったりします。
そして、そんな自分を自覚することがまた嬉しいのです。
すごく単純なことですが、そんなことがあった日は、
イヤなことも忘れて、一日元気に過ごせるような気がします。

自画自賛しているようですが、良く言えば、
総じて人に対する優しさや思いやりみたいなものが、
以前よりは少しばかりわかるようになった気がしています。
その一方で、以前にも増して涙もろくもなりました。
(歳のせいでしょうか...?)
また、ある意味気をつけないといけないと思っているのは、
人の言動に対して、とても敏感に気持ちが反応するように
なってしまったことです。
所詮、自分の考える優しさや思いやりのモノサシなんて、
自分自身のスケールでしかないのに、
ついそのモノサシを使って、他人を測ってしまったりする結果、
勝手に傷ついてしまっている自分がいます。
そして、人それぞれの事情を考慮することができないまま、
心無い人だ...と勝手に判断しがちだったりするのです。
もっとも、タバコのポイ捨てに象徴されるような、
特に公共の場での自分勝手な振る舞いなど、
どう考えてもそれはないだろうって思える人たちも
少なからずいることは事実なんですが...。

そんな様々なことに思いを巡らせながら、
ホージーが日なたぼっこしている様を眺めていると、
その姿は、人間の意識を遥かに越えた時限で
自由に生きているように映ります。
きっと、作為的な部分が一切ない、
この自然体(?)としての存在が、多くのものを我々に
与えてくれているのかも知れません。
まさに、「人生における師匠」とでも呼びたい...。
そんな気持ちにさえさせられる今日この頃です。





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