column 19


特別な存在(その2)




















余命宣告を受けて以降、世の中の見るもの触れるものすべてに
現実感がなく、夢の中にいるかのような感覚が続いていました。
すぐに覚める夢であることを常に願っていたのですが、
願いとは裏腹に時間は確実に流れ、
これが現実であることを知らしめるかのように、ホージーの体重は
徐々に落ちていきました。
そして、いつからか、現実感がない感覚の中で、" その日 "が
やってくることを少しずつ受け入れていたようにも思います。

ドクターの予測を裏切らない、「リンパ腫」というこの病は、
冷酷なまでにホージーの体を蝕み、やがて黄疸が現れ、
食事、そして、水も口に出来ない状況へと追い込んでいきました。
それまで、ホージーの体のためにと、手作りゴハンを始め、
できる限り健康維持には気を配ってきたのですが、
とにかく、どんなジャンクなものでもお菓子でも
何でも構わないから口にすることが先決となってしまった状況は、
自分たちにとって、本当に皮肉なものに感じました。

2005年12月28日に日付が替わった深夜、
ホージーは我々が見守る中、我々のベッドの上で旅立ちました。
余命宣告からわずか1ヶ月半、
その病はすさまじい勢いでホージーの命を奪っていった感じです。
やがて時間とともに、
ホージーの体はゆっくりと体温を感じなくなっていったのですが、
その患部だけは、異常にいつまでも熱を持っていたことが
今でも忘れられません。

...ホージーが死んだ。
目の前にいるのはホージーだけどもう動かない。
でもまだここにホージーがいる。
それまであまり意識をしたことがなかったのですが、
死と同じくらい、姿形が無くなることへの不安、恐れ、
寂しさを感じました。
火葬なんかしないでこのまま置いときたい。
はく製にすることもできる...。
そんな、非常に混乱した思考が頭の中を駆け巡り、
クローンを作ってもらうことも可能なのでは?...なんて、
一瞬、自分でも驚くようなことが頭に浮びました。
また、他の人が客観的に見ると
異常な行動に見えるのかも知れませんが、
死体となったホージーもまたホージーであり、
その愛おしさに変わりはなく、
我々は、同じベッドでホージーと一緒に寝て朝を迎えました。

とても不思議なのですが、悲しいことが起きた日というのは
なぜかとてもいい天気だったりします。
翌日もすこぶる好天となった冬空の中、我々はホージーを荼毘に
付しました。
我々やホージーには不相応な、贅沢な「葬儀」を経験したのですが、
終始丁寧で、とても落ち着いた別れの時間を過ごせたことは、
結果的によかったと思っています。
火葬が済み、キレイに並べられたホージーの骨を骨壷に収める際に、
リンパ腫の患部付近の骨の色だけが黒ずんでいることに気付きました。
最後の最後まで苦しめられた原因なのですが、
その患部自体もホージーの体の一部であったわけですから、
そう考えると複雑な思いがしました。

心に大きな穴が開くとよく言いますが、こういうことなんだなぁと
身にしみて感じながら、その後の日々を過ごすことになりました。
しばらくは何も考えられなかったのですが、
ホージーという存在が、どれだけ我々の支えになっていたのか、
一緒に暮していた時はもちろん、失ってからもより一層それを感じ、
その出会いに感謝するとともに、
愛おしさと切なさを感じない日がありません。
我々の、ホージーとの暮し自体は終ってしまいましたが、
多くの人がそうであるように、我々もまた、
ホージーとの日々を決して忘れることはなく、
永遠の存在を感じています。

いつかまた、ホージーの生まれ代わりに出会えるだろうか。
ホージーのようなコに巡り合えるだろうか。
ほんの僅かずつですが、埋まっていく心の穴と反比例するかのように
新たな出会いを考える気持ちが芽生えてくる自分たちがいました。


                               Jan. 2007




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